2013年03月16日

お婆ちゃん



4日前の12日に、私の大切な家族の一人である、お婆ちゃんが息を引き取りました・・。






88歳、4月1日の89歳の誕生日は迎える事が出来ませんでした。







平均的な寿命から言えば、十分長生きしたと言えるのでしょうが、もっと長生きして欲しかったです。






もっと、元気な時にたくさん肩を揉んであげれば良かったと、今更ながら後悔しています・・。











私はお婆ちゃん子だったので、私がまだ小さい頃、いつも親に叱られた時には、お婆ちゃんだけが私の味方で、よくお婆ちゃんのところに逃げ込んでいました。





核家族が多い今の時代に、こういった環境に育つ事が出来て、私は幸せだったのかも知れません・・。













私が小さい頃は、よくお婆ちゃんがご飯を作ってくれる事がありましたが、鶏肉で作ったメンチカツのようなものが私は好きでした。





鶏肉のミンチは使わず、包丁で叩いて少し荒いミンチ状にした肉で作るのですが、中に練り込む玉ネギやニンジンの刻み方が、やたら荒っぽく大きかったりしましたが、これがお婆ちゃんの味って感じでしたわーい(嬉しい顔)たらーっ(汗)




無い物ねだりなのかも知れませんが、今更ながらおばあちゃんの作った鶏肉のメンチカツが食べたくて仕方がありません・・。










昔、確かグリコの商品だったと思いますが、フランクフルトが3〜4本パックになっているものが売っていて、一本づつピッチリとビニールに包まれていましたが、いつもお婆ちゃんがこのビニールに気付かず、ビニールごと焼いたものが出て来るので怒っていた覚えがあります。






一緒にお風呂に入っていた事も多かったですが、よく手を揉んでくれたりしました。





子供だから凝ってたりはしてませんでしたけど、おばあちゃんの優しさは伝わりましたね・・。









中学生の頃までは、学校から帰った後や、晩御飯を食べた後など、よくお婆ちゃんの部屋でテレビを見たりしてたので、水戸黄門などの時代劇をよく一緒に見ていましたので、意外と時代劇が好きだったりします。

















お婆ちゃんが、まだ若かりし頃はいろんな苦労があったみたいですが、当時まだあまり普通に売られていなかったアイスクリームを作って自転車で売り歩き、もの凄く売れていたと、よく話していました。






おじいちゃんは20年以上前に亡くなっていますが、おじいちゃんの代は的屋家業だったので、小さい頃から、おじいちゃんとおばあちゃんに連れられて、いろんなお祭りなどに行きました。






そんな環境で育ったので、小学生の頃から屋台の隣で、一人で水風船や練り飴を売って、売り上げをお小遣いで貰ったりしていました。












そんなお婆ちゃんでしたが、昨年、一時ご飯が食べれない時があり、10キロくらい痩せてしまったのですが、お正月には、あまり量は食べられないものの、普通にご飯も食べていたのですが、先月の半ばを過ぎた頃から、また急にご飯が食べられなくなり、歩けなくなって寝たきりの状態になってしまいました。






丁度、私の息子が風邪を引いていて、喉のゴロゴロがなかなか治らなかったのですが、自分が寝たきりになったのにもかかわらず、自分の心配より、息子の心配をしてくれました。






息子の事を、本当に可愛い子だと言って、可愛がってくれてました。












そして、25日の夜に下血が大量に出たため、救急車で病院に運ばれる事に・・






28日に退院予定だったので、病院に迎えに行く手伝いをしないといけないと思ってたのですが、母から介護タクシーを頼んだのでお迎えの手伝いに行かなくても大丈夫との事だったので、安心して釣りに行きましたが、途中でちょっと退院出来る状態ではなくなって来たとの連絡が入りました・・。








入院前は、元気はないものの普通に話は出来ていましたが、後日お見舞いに行った時には、声を掛けた時にだけ起きて何とか返事をするくらい弱ってしまっていて、俗に言う傾眠状態になっていました・・。








体の黄疸も色濃くなり、足も水が溜まり浮腫の状態でボンボンに腫れ上がってしまっていました。







やっぱり『家に帰りたい』と、お婆ちゃんは言っていましたが、寝たきりになった状態の時から、医者に持って数ヶ月と宣告をされていましたので、息を引き取る時までには、何とか自宅に連れて帰ってあげたいと思っていました。






自宅で看るのはとてもじゃないけど無理だと言う周囲の反対はあったようですが、自分の実の母でもないのに、それを押し切って自宅へ母が連れ戻す事に決めたので、やはり母は凄いと思った。








お婆ちゃんが自宅に戻って来たので、早速、家内と息子を連れてお見舞いに行きましたが、傾眠状態のあ婆ちゃんに声を掛けて起こすと、体がそんな状態の時なのに、息子の顔を見るなりニコニコッと満面の笑みを浮かべ、ようやく動かせるくらいの手を伸ばし、息子の手をしっかりと握っていつまでも離しませんでした。









自宅に戻ってからは、もう一度家内と息子を連れて行きましたが、連れて行けるタイミングがあれば、もっと息子の顔を見せに行きたかったですが、それも叶いませんでした・・。







息子の顔を見て、ニコニコッとしたお婆ちゃんの顔が今でも忘れられません・・。









なかなか難しい事なのかも知れませんが、大切な人を失ってから後悔しないように、もっと人に優しくなれるように生きて行けたら良いなと思います・・。










posted by I Love 入鹿 at 23:00| Comment(3) | 日記